【今週(2月16日の週)の勝手な株価天気予報】西からの低気圧が勢力を強め、今週は雨模様です。この低気圧の影響で日本の各地で局所的豪雨が襲うこともあるでしょう。

名曲『慕情』で語る 中島みゆき論



名曲『慕情』で語る 中島みゆき論

筆者にとって中島みゆきさんは特別な存在です。それは1975年、つま恋で行われたポピュラーソングコンテスト、通称「ポプコン」で中島みゆきさんが「時代」でメジャーデビューを果たしたその場に筆者はいたからです。

それは初めての「つま恋」。以降つま恋のポプコン通いをして、たくさんのシンガーがデビューするのを見届けました。

【余談です】
ポプコンはエキジビジョンホールというオープンな会場で行われました。
長丁場のコンテストのためエキジビジョンホールの後ろには焼きそばなどを売っていて、お腹が空くと何かを買って、食べながら様々なジャンルの曲を楽しみました。

写真引用:さざなみインコ遊びの森さんページ

あのような自由で、見ごたえのある、ポプコンのような場はもう二度と開催されないことでしょう。

そんなポプコンに何度も足を運んで音楽三昧の時を過ごせたことは今思えばとても幸せなことだと思います。

ポプコンで「時代」が優勝を決めた時の記憶

中島みゆきさんのポプコンでの「時代」は当時ガキだった筆者ですらさえ鳥肌が立ち、打ちのめされました。

中島みゆきさん歌った歌「時代」、あまりに他のシンガーとレベルがかけ離れた曲と歌唱力で、その場にいた誰しもが中島みゆきさんの優勝を確信していたと思います。そして誰しも納得の優勝を果たしました。

ポプコンでは結果発表の時、新人発掘のため参加しているプロデュース会社の人達が挙手して「是非に我が社からデビューを」とアプローチします。結果発表の時、全員が手を挙げどよめきました。
そして歌手「中島みゆき」はメジャーデビューを果たしました。

その後の活躍は言うまでもありません。ポプコン出身で今に至るまで現役で活躍している歌手は僅かです。

わたしも昔はチャラいライターでした。そんなわたしが言うのもおこがましいのですが曲作りは戦いです。たくさんの有名人が挫折し、才能が枯渇し、病気になり、覚せい剤などの犯罪に手を染めて脱落してゆきました。

話しは脱線しますが中島みゆきさんの所属は今でもヤマハです。そういった律儀なところというか、音楽以外にわき目もふらず、全ての情熱を音楽に傾けることで数々の名曲を生みだしているんだと筆者は思います。



楽曲の素晴らしさ

しかし例えば我が家の娘たちが中島みゆきさんが語りかける心情を理解するにはもう少し時間がかかると思います。それはオヤジ世代だからこそわかる世界観がそこにあるからだと思います。

なぜなら中島みゆきさんの曲は人生への応援歌だと思うからです。それゆえ中島みゆきさんの曲を聞くとこれまでの苦難の人生が回想され感動するのだと思います。

本当に名曲だらけですが、筆者の記憶に刻みこまれた曲の一つに、1987年に放送された金八先生「シーズン2」の最終回間際でB組の生徒加藤が立てこもった時にかかった曲「世情」があります。

加藤が立てこもるシーンで「世情」が流れたことについていろいろ意見はありますが筆者は素直に感動しました。



「中島みゆき論」

前置きはここまでにしてやっと本題です。もう2年もの前の話になりますが、ドラマ「やすらぎの郷」の主題歌「慕情」のCDが届いた時のことです。

中島みゆきさんの書いた「慕情」の歌詞、そしてメロディを聞いて自然とハラハラと涙が出ました。「慕情」の歌詞の情景と、込められた言霊は苦労してきた中高年の誰しもが理解します。これまでの人生を振り返り、過去・現在・未来など様々なことが想起されるものと思います。

筆者はこれまで中島みゆき嬢の曲を聴き、どれだけ励まされたか計り知れません。

これはオヤジ世代に限らず、全世代の中島みゆきファンは皆そうだと思います。

さて筆者は2018年に中島みゆき嬢と約40年振りに再会してきました。再会の場は渋谷文化村で行われた「夜会工場」Vol.2です。ポプコン以来の再会でしたが、中島みゆきさんは前人未踏の芸術家になっていました。

「夜会」はご本人が語っていましたが1989年から始めた、これまで誰も始めたことのない実験的コンサートです。音楽はもちろん、脚本、演出もお嬢が担当しています。

「夜会」シリーズはコンサートであり、前衛風ミュージカルでもあり、人生へのメッセージが込められた語りなど、その場に行かないと絶対に理解不能な、芸術性の高い異次元な世界です。

そして「これまでの『夜会』をゴチャゴチャに繋ぎ合わせたのが『夜会工場』」です。
(お嬢がそう言えというものでそのまま引用しました。)

開演するや否やスポットライトを浴びて中島みゆきさんが登場、いきなりあのギャップのある声で語り始めます。そしてすぐに「夜会工場」の開演です。

始まった瞬間に観衆は「夜会工場」の世界に一気に飲み込まれます。恐らく「夜会工場」に集まった方々は皆同じ感覚でいたものと思います。

その証拠ですが、

「夜会工場」はパーツである過去の「夜会」パートで構成されています。各パートが終わっても拍手などは起きません。観衆は息を飲むような静けさで見守っていたからです。

「夜会」にはオリジナル曲と、これまでのアルバムに収録された曲が織り込まれています。

途中休憩でふと気づいたのですがこれは確信犯的に中島みゆきさんが「夜会」に向けて仕掛けた魔術ではないだろうかと。

1989年以降のアルバムに収められた歌が点、それをつなぐ線が「糸」。

糸を紡ぎ弦となり、中島みゆきさんが「夜会」でその弦を弾くと、その響きは感動の音となり、観衆の心の琴線、心情に切なく響きます。

観る人はそんな中島みゆきさんが長い年月かけて仕掛けた、術中にまんまと落ちたのではないかと思います。

集まった方々の年齢層はシニアが多数。そして筆者と同様でご夫婦で来られた方が多かったと思います。この年代層にとってみゆき嬢が奏でる弦の響きはもうたまりません。

「夜会工場」は「慕情」と同じ。わたしは何度も涙がこぼれそうになるほど感動しました。

涙と笑いと感動はストレスのお薬り。当時ストレスまみれの筆者は「夜会工場」を観終わった時にストレスは無くなり、胃痛も収まりました。

どうやら「夜会工場」は薬用効果もありそうです。



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